早嶋です。
企業の新任役員に対して、どんな期待を託すか。10年以上のスパンで複数の役員やリーダー候補の育成に携わっている。その中で、トップのスピーチや想いから共通の考えがある。それは、単なる「役職」ではなく、「未来を形づくる当事者」としてのあり方そのものだ。
経営は、過去の延長ではない。特にこの10年は経営環境を読みにくい不安定な時代が続く。そのため毎日の意思決定を通じて、「未来」を定義する行為がとても大切になる。この文脈で、役員に求められるのは、単に業務を管理する能力ではない。未来に対して責任を持ち、組織全体を巻き込み、次の時代をつくる「姿勢」と「覚悟」だ。
(未来をつくる当事者)
全役員に必要なのは、「変化を待つ人」ではない。「変化を起こす人」だ。そして、最初に変えなければならないのは、自分自身だ。
AIによって、情報の収集や整理、分析にかかる工数は格段に減った。大概の質問や検索も、社員の誰かに聞くよりも自分で調べた方が早い。この数年で役員の対話相手はAIになり、基礎的な知識や概念を常にアップデートしながら情報の理解や収集から、意思決定は判断を行う役割に重きを置くようになる。
そのため判断軸を常に持つことが大切だ。そして、大いに迷うことがあると思う。多くの場合、考えあぐねいても成果はでないので、迷った場合は「感覚」で決める。そして実際に行動をする中で確かめるのだ。もちろん間違うこともある。そのため小さく初めて感触やあたりを確かめる。ある程度見えたら、一気に着火して燃やすくらいの覚悟で臨む。感触を探りながら進め、結果的に間違う場合もある。その際は、潔く誤り、自分の判断軸をアップデートするのだ。それが、誠実に、正直、そしてブレないことだと思う。
(高い視座と広い視野)
視点は「どこを見るか」、視座は「どこから見るか」だ。役員に求められるのは、より高いところから全体を見る力。つまり、部門最適ではなく、全社最適を考え抜くことだ。自部門の成功体験が、全社の進化を妨げることもある。過去の成功は、しばしば最大の障壁になるのだ。
だから、社外の人と積極的に付き合い、自業界の「常識」を疑うことも重要だ。次元をひとつ上げ、「社会」「顧客」「仲間・会社」「家族」「自分」という5つのステージで、自分の判断がどこに響くのかを意識する。役員の語る言葉は、その「次元」によって重みが変わるのだ。高い次元で語れば、周囲も自然とその気になると思う。
(人と組織の育成に尽くす)
企業とは、「法人格」だ。つまりは人間の集合体だ。そしてその人格を形づくるのは、「思いやり」の集積だ。そんな馬鹿なと思うかもしれないが、AIが進化して民主化したら、差別化は人でしかできない。そうすると人の育成は極めて重要になる。
社員は、納得して腹落ちすれば動く。トップの語る理念は、行動に落ちるまで何度でも繰り返し伝えなければならない。その意味では、企業理念や行動指針は、あらゆる判断の原点だ。たとえば「忠恕(ちゅうじょ)」を掲げる会社がある。他者への誠意と理解だ。その理念を掲げたら、言葉が空回りしないよう、日々の言動で示し続けるしかないのだ。
また、個人的な相談に乗るときは、判断を急がず「聞くに徹する」。役員の発言は個人にとって果てしなく重い。そのため安易に個人を評価・判断せず、まずは相手を理解することに努めるのだ。一方、組織としての決断が必要なときは、その理由と基準を明示し、一定以上のスピードが必要になる。この組織と個人に対しての傾聴のバランスと判断のスピードの変化は頭では中々理解できにくい分野だ。しかし、このバランスが、組織に信頼と納得を育てる。
(絶え間ない自身の成長)
役員は、企業の「成長」を引き出す立場だ。だが、その前提はいつも「個人の成長」にある。役員が学びを止めた瞬間、組織の未来も止まる。
驚くかもしれないが、一定数の役員が数字に苦手意識を持っているのも事実だ。当然だが数字を読めなければ経営はできない。未来を語るには、根拠と仮説が必要だからだ。定性と定量の両方でかたるのだ。想いも大切だがそこにはロジックもあってほしい。
「なんとなく」での判断は、誤解と混乱を生む。ここにも相手が一定の理解を示すロジックが必要になる。そのために、日々インプットを重ね、判断基準を言語化していくのだ。当然、そのような態度が、周囲を安心させ、動きやすい環境を構築する要因になるのだ。
経営には「正解」はない。しかし、「軸」は必要だ。それは知識やデータではなく、経験と思考の蓄積からしか生まれない。そしてそれが信用と信頼に変わるのだ。
(覚悟と行動)
役員は、「見られる存在」だ。言動、態度、表情、沈黙さえも、すべてがメッセージになる。従い、役員は企業理念を「語る人」であるだけでなく、「体現する人」でなければならない。社員は、役員の言葉ではなく、「背中」を見ている。
役職に就いた瞬間から求められるのは、「覚悟」と「行動」だ。未来を背負う当事者として、組織の前進に、誠実に向き合うことだ。それが、役員の使命であり、企業の未来を形づくる鍵となるのだ。