新規事業の旅218 IPの創造

2025年10月21日 火曜日

早嶋です。約3000文字。

(IPの重要性)
最近ゲーム関連の展示会での話だ。情報収集をしている際、関係者と話をするなか感じたことだ。それは、ゲームの性能や操作性よりも、ゲームに使われているキャラクターや世界観(IP)の話題が多いことだ。ゲームの技術論よりも、まず「このキャラクター知っているか?」が入口になっているのだ。

IPが重視される背景はシンプルだ。どんなにゲームシステムが優れていても、「まったく知らないキャラ」には、初期の買い手がつきにくいからだ。そのため、「どこのIPとコラボした」「このキャラを起用した」という話題に注目が集まるのだ。

(ゲーム市場)
近年のゲーム市場を見てみよう。2023年の国内ゲームコンテンツ市場(ハード・ソフト・課金含む)は 2兆1,255億円 に達し、前年比 4.6%と拡大している。一方で、2024年の家庭用ゲーム(ハード+パッケージソフト市場)は 3,013億円 にまで落ち込み、前年比で約25%減という速報もある。特にハードは△30%、ソフト(パッケージ)は△18%の落ち込みだ。

ただ、ゲーム全体の文脈では、2024年の国内ゲームコンテンツ市場は前年比 3.4%の 2兆3,961億円 と推計され、パッケージ中心からオンライン/課金中心へのシフトが進んでいるのだ。また、世界市場を含むと、2023年の世界ゲームコンテンツ市場は約 29兆5,162億円 にも上るという推計もある。

このあたりの動きを踏まえると、「市場構造が再編されつつある」状態だと言える。伝統的なハード+パッケージモデルが縮む一方で、オンライン/サブスク/課金モデルが覇権を握ろうとしているのだ。

(大手ゲーム会社の苦悩)
大手ゲーム会社が新しいIP(キャラクターや世界観)を生み出せない背景には、いくつかの事情がある。

まず、新作IPの開発には莫大な投資が必要になる一方で、ヒットするかどうかの見通しが立ちにくいことだ。投資を回収する保証がないのだ。そのリスクを株主や投資家が嫌い、「挑戦」より「安全策」を選ぶのだ。

また、多くのゲーム会社はすでに育ったIPに依存している。たとえば、カプコンの『バイオハザード』や『モンスターハンター』、スクエニの『ドラゴンクエスト』など、長年続くシリーズが安定収益の柱になっている。従い、リメイクやスピンオフ作品といった手堅い延長線で戦う構造を選択するのだ。

さらに、大手企業の多くは上場しているため、四半期ごとに業績が問われる。長時間かけてIPを育てようとしても、数字が出なければ社内的に評価されにくく、現場が自由に挑戦しづらくなっている。

実際、スクエニも「最近はリメイク祭り」だという外部指摘があり、カプコンもバイオ・モンハン以外で大きなヒットを生みづらいという声を聞く。

(IPは時間をかけて育成する)
「ヒット作品=即座に爆発」という錯覚を抱きがちだが、歴史的なIPの多くはじわじわ育ってきた。

例えば、『ドラえもん』は1970年に登場したが、最初のアニメはわずか半年で終了している。その後1979年に再スタートし、1980年の映画『のび太の恐竜』でようやく国民的な人気を獲得したのだ。ここまでおよそ10年かかっている。

『名探偵コナン』も同じだ。1994年に連載が始まり、アニメや映画を重ねながら人気を広げたが、最初の映画が公開されたのは連載から3年後だ。今のように毎年のように話題になるまでには5年から10年はかかっているのだ。

『ワンピース』も1997年に連載が始まり、初期の頃はすぐに爆発したわけではない。単行本が30巻を超えた2005年ごろから読者が急増し、2010年の映画で一気に国民的作品へと成長したのだ。

こうした、じっくり育てる姿勢が必要なのは、漫画やアニメに限った話ではない。映画やオリジナル作品の世界でも、同じように時間と積み重ねがヒットを生み出している。

例えば、映画『君の名は。』は、最終的に興行収入250億円を超える大ヒット作となったが、公開当初からその数字を記録していたわけではない。口コミでじわじわと話題になり、リピーターが増え、上映期間も延びていく中で、少しずつ勢いが広がっていったのだ。そして、その背景には、監督・新海誠の諦めずにつくり続けた姿勢もある。前作の『言の葉の庭』は、目標興行収入10億円に対して、最終的に1億円程度の結果にしかいかず、商業的には大失敗している。

『エヴァンゲリオン』も、テレビ放送が始まった頃は視聴率こそ高くなかったものの、熱心なファンが考察や議論を広げることで独自の文化をつくり出し、やがて伝説と呼ばれる存在になっていった。

『鬼滅の刃』も、連載当初から絶大な人気があったわけではない。コミックスの売れ行きは中堅程度で、アニメ版の放送をきっかけに一気にファン層が広がり、世界中で大ヒットする作品へと成長したのだ。

つまり、どの作品も共通して言えるのは、時間をかけてファンの信頼を得ていったということだ。そして、小さな成功や反応を見逃さずに、それを繰り返しながら広げていったのだ。

IPとは、一発で当てるものではなく、何度も触れてもらって、少しずつ信頼と熱量を積み上げていくものなのだ。ヒットの裏には、そんな地道なプロセスが隠れている。

(合理と非合理)
では、「そうしたIPの成長を、どう見つけ、どう育てるのか?」に興味があるだろう。

多くの企業は、データ分析やマーケティング手法、KPIなど「数値で管理できるもの」に頼る。もちろん、それらが役に立つ場面もあるだろう。だが、ことゲームやアニメ、子ども向けのキャラクターのように、「人の感情に寄り添う」世界では、それだけでは足りないと思うのだ。

大切なのは、小さな違和感や面白さの芽に気づける感性だ。イベント会場で子どもがどのキャラクターに近寄っていくのか。どんな言葉に笑うのか。どこで立ち止まるのか。そういった目に見えない反応を見逃さずに受け取ることが、次の展開につながっていく。

そしてもう一つ大切なのは、アホな挑戦を恐れないことだ。周囲が慎重になる中で、「なんか面白そう」「これ、子どもが好きそう」と感じたものに賭けてみる勇気と覚悟だ。見た目には非合理かもしれない、数字で証明できない、でも心が動いたという一点を信じて積み重ねる力。そんな選択の中に、実は本当のヒットの種があるのかもしれない。

マーケティングでは「合理的に説明できること」が重視されがちだ。しかし、ことIPの世界では、感性や偶然、熱量の連鎖といった見えない力の方がよほど重要なのだ。そしてその「見えない芽」は、もしかしたら今この瞬間にも、我々の目の前に芽生えているのかもしれないのだ。

(ロクローの小さな兆し)
この話を歯科医院経営の現場に置き換えてみてほしい。新しい施術法や新診療サービスを投入する際、最初から大量患者が来るわけではない。小さなリアクション、口コミ、信頼の積み重ねから拡がるものだ。

同様に、子ども向けコンテンツを提供する立場として、「すぐに派手なヒットを狙うより、小さな反応を丁寧に育てる視点」が大切だということを、こうした業界事例から感じていただければと思う。

「ロクローの大ぼうけん」に登場するロクローも、今、じわじわと子どもたちの反応を獲得しつつある。展示会やイベントで子どもが自然に集まり始めており、海外での再生数にもドラえもんと肩を並べる回が現れつつある。ヒットは一瞬では生まれない。小さな反応を、少しずつ、一緒に育てて頂ければ幸いだ。



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