なぜスタバのEチケットはあんなに使いづらいのか?ブレイケージ(未使用残高)で毎年2億ドル超近く利益を出すスタバの経済学

2025年12月1日 月曜日

早嶋です。約7900文字。

(スタバのEチケット)
前提として、多くの読者はスタバの「eGift」や「Eチケット」を使ったことがないと思う。ざっくり言えば、LINEやメール、各種SNS経由で送れるデジタル版ドリンクチケットだ。スタバ公式のeGiftは、オンラインで700円・500円などの金額指定のドリンクチケットや、ドーナツなどに使えるフードチケットとして購入できる。送る側はスマホ上で相手を選び、メッセージカードを選び、決済すれば、相手にURLつきのメッセージが届く。受け取る側は、そのURLを開くとメッセージカードとともに「ドリンクチケット」が表示され、レジでQRコードを提示して使う。そんな商品だ。

ここでポイントになる仕様を、事実ベースで押さえておく。
●eGiftは1枚のチケットにつき、1つの商品としか引き換えできない。複数の商品に分割して使うことはできない。
●おつりは出ない。700円のチケットで590円のドリンクを買っても110円はどこかに消える。差額を次回に繰り越すこともできない。
●有効期限がある。公式の利用規約では「発行日から5ヶ月以内の当社が指定する期日まで」とされており、期限を過ぎると自動的に無効になる。もちろん返金はない。
●チケットはスタバカードへのチャージには使えず、モバイルオーダーにも基本的には使えない。店頭レジでQRコードを読み取ってもらう必要がある。

つまり、スタバいわく、「金券」ではなく、あくまで「1回限りの商品引換券」として設計されている、ということだ。

(体験した際のモヤモヤ感)
実際の利用フローは紙のクーポンより複雑だ。LINEギフトで受け取った場合を例にとると、LINEのトークからスタバeGiftのURLを開く。メッセージカードが表示され、その下にドリンクチケットが並ぶ。使いたいチケットをタップするとQRコードが表示される。そして、レジでそのQRコードを読み取ってもらう。

iPhoneの場合、チケット画面から「Apple Walletに追加」ができるが、ウォレットに保存できても、それがなんtの使えない。スタバの公式ヘルプでは、eTicketやQRコードをスクリーンショットで保存して使うことは推奨しておらず、「お会計の際にご利用いただけない場合もございますので、ご利用時に表示したeTicketをご提示ください」とある。そのため、現場のスタッフによっては、「Apple Walletの画面ではなく、LINEで届いた元の画面を見せてください」と案内するケースが出てくる。

そう、ユーザー体験は一気に品雑化するのだ。レジ前でウォレットを開き、店員に「LINEの元画面を」と言われ、トーク一覧に戻り、どのトークだったか探し、ようやくQRを出す。混んでいる時間帯なら、後ろに並んでいる人の視線も気になる。たかがコーヒー1杯を買うのに、ここまでアプリの中を往復しなければならない。「デジタルでスマートに」のはずが、実際はUIの迷路を彷徨うはめになる。

今回私が体験したのは、典型的な「700円ドリンクチケット」だった。仕様として、1枚のチケットで1つの商品、差額の繰り越し不可、というルールがあるので、700円以内のドリンクを1杯だけ買うしかない。

たとえばこういうシーンだ。700円のチケットを持っている。普通にコーヒーだけなら、トールで500円から600円台に収まる。だったらドーナツも一緒に買って、合計780円だな。「チケット700円分+差額80円を現金かカードで払おう!」と考えるのは、人間として自然だと思う。しかし、ここで「1枚のチケットにつき1商品」の壁が立ちはだかる。

コーヒーとドーナツ、2つまとめて精算しながら1枚のチケットで700円分を充当することはできない。チケットを使えるのは、どちらか片方だけ。実際に私が遭遇したときも、「コーヒー2つで700円程度にして差額は払う」と考えたが、速攻でNGを食らう。

さらにややこしいのは、「700円ドリンクチケット」と「ドーナツチケット」の2枚を同時に出したときだ。最初、スタッフは「この2枚を同時には使えません」と言い切った。ところが、レジを操作し直し、奥で誰かに確認した結果、「やっぱり使えます」という結論に変わった。つまり、現場のオペレーションが仕様に全く追いついていない。

更に、有効期限の話もあった。このときのチケットは有効期限がその日までだった。しあbらくラインでもらったことを覚えていて何かのタイミングで使って見ようと思い出した。直感的には「今日が期限なら、今日まとめて2枚使って終わらせたい」と思ったのだ。しかし、スタッフの口から出てきた言葉は、「有効期限があるので、チケットは別の日に使われるのがいいと思います!」という、謎のアドバイスだった。私がレジ前でもたついていて、要領を得ていないのはわかる。レジの後ろに待ち行列があるのもわかる。令和のiPhoneを使った購買体験を準備したのはスタバなのに、なんかとても申し訳ない気持ちになる。それを見計らったかのような提案。店員の目は作ったスマイルで目は笑っていない。

(最低に近い顧客体験のファクト整理)
いや、今日が期限だからこそ、今日使わせてくれ、と思うわけだが、その感覚はどうやら共有されていない。こうして私は、最低に近い顧客体験を、見事に味わうことができた。仕様としての「ややこしさ」と、そこから生まれる違和感。ここまでを、いったん感情を抑えて「事実」として並べてみる。

●eGiftは1枚につき1商品にしか使えない。
●チケット金額内であっても、複数商品への分割利用はできない。
●おつりは出ないし、残額の繰り越しもできない。
●有効期限は発行から5ヶ月以内で、期限切れになっても返金はない。
●モバイルオーダーでは原則使えず、店頭レジでのQR提示が必須。
●スクリーンショット利用は公式には「非推奨」で、店舗によっては受け付けない。
●店舗によっては同一会計で使えるチケット枚数に上限(例えば2枚)が設けられているという利用者報告もあり、現場の説明も統一されていない。

そして、ここに人間の行動側の要素が重なる。

●LINEのトーク内で埋もれ、どのスレッドにチケットがあったか分からなくなる。
●ウォレットに入れたものの、店舗側が「LINEの元画面を」と要求し、行ったり来たりする。
●スクショで保存しても、店舗によっては「お受けできません」と言われるリスクがある。
●「いつか使おう」と思っているうちに、有効期限が過ぎる。

私だけが「面倒だ」と感じたのかと思って、別の場面で何度か話題にしてみた。た追えば、経営者の集まり。都市部で日常的にスタバを利用している層の集まり。普段はほとんどスタバに行かない層の集まり。

いずれの場でも、eギフトの利用体験は総じて満足度が低かった。「期限切れで結局使わなかった」「アプリの中でどこに行ったか分からなくなった」「何となく面倒で放置した」といった話が、いくつも出てきた。送られてうれしくはあるが、使い切る前に忘れてしまうパターンが、かなりの割合で存在している。

ここまで来ると、感覚としてはこうなる。「これは、スタバが意図的にややこしくしているのではないか?」と。

(金券ではなくドリンクチケットという戦略)
スタバ側の合理性を考えるとき、重要なのはeGiftが金券ではなく商品引換券として設計されていることだ。「金券」のように扱うと、会計・税務のルールは一気に重くなる。前払式支払手段としての扱い、残高管理、未使用残高の処理、返金の扱い等々、金融商品に近いルールが適用されてくる。一方、「指定商品の引換券」として設計すれば、より自由度が高く、企業側にとって都合のいい運用が可能になる。

実際、スタバのeGift利用規約では、「有効期限内に使えなかった場合でも返金しない」「スタバカードへのチャージはできない」と明記されている。つまり、使われないまま期限切れになったeGiftの売上は、そのままスタバの収益になるのだ。ギフトカード業界では、こうした未使用残高を「ブレイケージ(breakage)」と呼ぶ。スタバはアメリカ本社の開示でも、ギフトカードの未使用残高に関して「ブレイケージ収益」を計上している。

2025年春の報道によれば、スタバはプリペイドカードやロイヤルティ残高として約18.5億ドル(約2,800億円)の顧客前払金を抱え、その一部が毎年「未使用のまま」残り、年間で2億ドル超(約300億円)がブレイケージとして利益に寄与しているとされる。これは全社売上約362億ドル、営業利益率15%前後という規模の中で、おおよそ利益の4%程度を占める数字だという指摘もある。

要するに、「使われなかった分」は、ほぼコストゼロで利益になるのだ。その構造を、スタバはグローバルに持っている。eGiftも、その一種として設計されていると考えるのが自然だろう。

(欠陥仕様なのに修正しない)
ここで、一旦整理してみる。ユーザーから見れば、eGiftの体験は明らかに分かりにくく、使い勝手が悪い。店舗オペレーション側も仕様を完全に理解しきれておらず、現場で混乱が生じている。それにもかかわらず、eGiftという仕組みは何年も継続され、改善のスピードも遅い。これは「現場が不勉強だから」では説明しきれない。スタバほどデータドリブンな企業が、このレベルの顧客不満を本社レベルで把握していないはずがないからだ。それでも、仕様が大きく変わらないのであれば、そこには企業側の明確な意思があると考えるべきだろう。

●1枚のチケットで1商品に限定させる
●おつりは出さない
●分割利用も認めない
●有効期限を策略的に設定する
●利用フローはデジタルに閉じ紙クーポン化させない

こうした仕様が組み合わさると、ブレイケージは自然に増える。「700円分あるから、今度スタバ行ったときに使おう」と思う。でも、その「今度」がなかなか来ないのだ。気づいたときには、有効期限が切れていて、あるいは、LINEの底の方でチケットが眠ったまま忘れられてしまう。eGiftの設計を、顧客目線で見れば「欠陥仕様」と呼びたくなる。しかし、スタバ本社の目線で見れば、「多少不便でも、ブレイケージと送客の両方を生む優秀なプロダクト」となるのだろう。

(売上構造から見える「甘い飲み物の会社」という正体)
ここから議論を、スタバ全体の収益構造に広げてみよう。スタバの会社全体の売上構成を見ると、世界の直営店ベースで、売上の約7割前後がドリンク、2割から3割がフードやその他商品とされる。2024年の開示でも、直営店の売上のうち飲料が74%、フードが23%、その他3%という構成が示されている。つまり、売上の大半は「飲み物」で稼いでいるのだ。フードやマグカップなどの物販もあるが、あくまでサブという構造だ。

では、その「飲み物」の中身はどうか。スタバのドリンクメニューをざっと眺めれば分かるように、いわゆる「ブラックコーヒー」だけを売っている会社ではないのだ。ラテ、モカ、マキアート、フラペチーノ各種、季節限定の甘いドリンク(代表的なのがパンプキンスパイスラテ)等々。

こうした甘味系・ミルク系ドリンクが、客単価を大きく押し上げている。パンプキンスパイスラテだけを見ても、2003年の発売以来、アメリカを中心に文化的現象と言えるレベルのヒットとなり、スタバの売上拡大に大きく寄与してきた。おそらく、あなたの周りのスタバ利用者を思い浮かべても、「毎回ショートサイズのドリップコーヒーだけ」という人は少数派だろう。

感覚的な仮説として、飲料売上全体を100とするとブラックに近いコーヒー類(ドリップ・アメリカーノ等)が1割から2割。甘めのミルク系・フラペチーノ系ドリンクが残りの大半という比率になっていると考えても、大きく外れてはいないはずだ。

さらに、単価の差がここに乗ってくる。シンプルなコーヒーは、トールサイズで数百円台前半。甘いラテやフラペチーノは、トールからグランデで600円から800円台。サイズを上げれば上げるほど、単価は上がる。原価構成を考えると、シロップやホイップ、ミルクの追加はコストに比べて高粗利になりやすいのだ。

スタバの財務データを見ると、全社レベルの営業利益率は年によって変動はあるものの、おおむね15%前後で推移している。この数字を支えているのは、コーヒー豆単体のビジネスというより、むしろ「砂糖とミルクと視覚効果をまとったドリンクの高マージン構造」だと考えるのが自然だ。

(「甘いものを大きくしたくなる」心理と、経済合理性)
人間の心理から見ても、スタバの設計は極めて巧妙だ。700円のドリンクチケットを持って店に入ると、多くの人はこう考える。「せっかくなら、いつもよりちょっと良いものを飲もうかな」と。ここで、「ブラックコーヒーをショートで」にはなかなか行かない。有料カスタマイズや、サイズアップ、期間限定フラペチーノに目が行く。

●ホイップを乗せる
●シロップを足す
●グランデやベンティを選ぶ

こうして、金額をきっちり使い切る方向に心が動く。スタバラバーズは、eGiftの攻略を得意げに説明して、「700円を使い切るために有料カスタマイズやサイズアップを活用するんだ!」と誇らしげに語る。経済合理性の観点から言えば、シンプルなコーヒーは原価に対して価格差がそこそこ。しかしシロップやホイップの追加は、原価に対する価格差がさらに大きい。サイズアップも、追加される飲料の原価よりも、価格の上昇幅の方が大きい。

つまり、顧客が「せっかくだから」と甘く・大きく・派手に注文するほど、スタバの利益率は上がる構造になっている。eGiftは、その「背中を押す」役割を果たす。
「700円分あるから、今日はフラペチーノにしよう」とか、「せっかくなので、トッピングも追加しよう」と。

このとき、チケット金額をちょうど使い切ることに小さな快感があるかも知れない。しかし、ブレイケージでキャッシュをゲット出来なくても、その裏側では、スタバ側は高利益商品の販売比率と客単価を上げつづけているのだ。

冷静に言えば、スタバは「コーヒー屋」の顔をしながら、実態としては高利益の甘味系ドリンク会社として収益を積み上げている。

(依存構造と「第三の場所」というの魔法)
もちろん、砂糖とミルクだけがリピートの理由ではない。スタバが強いのは、マーケティング、文化、社会心理学、建築、都市の文脈を総動員して、「第三の場所」という物語を作り続けている点だ。

●家でも職場でもない、居心地の良い場所
●ノートPCを広げて仕事をしている(風の)自分
●スマホとスタバカップを並べて写真を撮る自分
●「丸の内で働いている私」「都心で頑張るフリーランスの私」という自己陶酔

極端に言えば、高級バッグや高級レストランほどの出費はできないが、600円から800円のスタバなら頑張れる。それでいて、長時間座っていられる。Wi-Fiと電源がある。周りも似たような「頑張っている人(風)」に見える。

結果として、スタバは多くの人にとって、「自分の居場所をコスパ良く確保できる空間」になっているのだ。ここで重要なのは、お金が潤沢ではない層ほど、スタバに長居する傾向があるということだ。

自宅にワークスペースがない、会社に残りたくない、でもどこかで「仕事している自分」を確認したい。そのとき、スタバはちょうどいい。

●高級オフィスワーカーの下で働く大多数
●都市生活に憧れる地方の若者
●「意識高い系でありたい」と思うが、本格的なラグジュアリーには手が届かない層

ひょっとして、こうした人々の承認欲求、孤独、自己陶酔を、スタバは見事に吸い上げているのでは無いか。eGiftは、その中にさらに「ギフト」という文脈を差し込み、他者から「頑張ってね」と言われた気がする。そのチケットを手に、スタバという舞台に足を運ぶ。そこでまた「頑張っている自分」を演出する。

スタバは、砂糖とミルクの依存構造だけでなく、都市のライフスタイルと承認欲求の依存構造も同時に作っているのだと思う。

(スタバのターゲット層)
ここまで見てくると、スタバのターゲット像はかなり輪郭がはっきりしてくる。高級ブランドをバンバン買える層ではない。かといって、完全な低所得層でもない。高級バッグは買えないが、スタバなら「頑張っている自分」を演出できる。自分の場所を本当の意味で所有することはできないが、スタバで長居することで、自尊心を維持できる。それを「生産的な自分」だと、半ば本気で思っている。

視覚的にも、スタバは徹底している。ロゴの入ったカップ。写真映えするドリンクの色と層。店内の木材と照明、音楽。

これらすべてが「私はスタバでコーヒーを飲んでいる=それなりに良い暮らしをしている」という錯覚を上手に支えるのだ。そしてeGiftは、その世界に「デジタルギフト」という入口を付け加えた。送る側は数タップで完結する。使う側は、アプリを掘ったり、有効期限を気にしたり、レジ前で画面を切り替えたりしなければならない。

そこに、私はどうしてもこういう構図を見てしまう。送り手の手間は徹底的に軽く、受け手の体験は微妙に面倒で、期限切れや残額を通じてスタバだけが最後に得をする。

(スタバは「悪い会社」ではない)
ここまで書くと、「スタバ、ひどい会社だな」と感じる人もいるかもしれない。
しかし、私はそうは思っていない。むしろ、極めて戦略的で、利益志向がはっきりしていて、それでいてターゲット層にはそう思われないように、自分たちのイメージを設計している会社だと捉えている。

実態は高利益の甘味系ドリンク会社。収益を支えるのは、砂糖・ミルク・視覚的演出・「第三の場所」という魔法。ギフトカードやeGiftではブレイケージを巧みに取り込み、年間で数百億円レベルの「使われなかったお金」からも利益を生む。それでも、多くの人は「おしゃれなコーヒー屋さん」として好意的に受け止めている。

こういう会社は、マーケティング・財務・空間デザイン・デジタルプロダクトのすべてが一つのストーリーに束ねられている。だからこそ、スタバのeGiftに違和感を覚えたとき、それを単なる「使いにくいクーポン」として片付けるのはもったいないと考えた。むしろそこには、スタバという企業が大事にしている「本音の設計思想」が、むき出しのまま乗っているように見えたのだ。

(魔法の外側の視点)
私自身、スタバを完全に否定する気はない。偶に利用する。便利な場所にあり、ちょっと時間を潰すにはちょうど良い。エスプレッソをさっと飲んで10分もしないうちに店を出るだけなら、極めて合理的な場所だ。

ただ、今回eGiftを使ってみて、改めてこう感じた。顧客体験よりも、収益構造を優先する設計が、プロダクトの細部にまで染み込んでいるということ。それでも多くの人は、その魔法の中で楽しそうに過ごしている。そのギャップこそ、現代の消費社会の一つの縮図なのだろうと。

スタバのeGiftにモヤッとした人は、それをただの「使いづらいチケット」として忘れてしまうのではなく、一歩引いて「自分はどういう魔法をかけられてしまったのか?」を問いただしてみると良い。一度、魔法の外側に立ってみると、いつものフラペチーノが、少し違って見えるかもしれない。



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